
私は病気であることを理由に息子を保育園に入れることが出来ました。
ADDの息子にとっても、社会性を身に着けるには良い機会だと思ったのです。
私自身も子供と四六時中一緒にいたのが、一人になれる時間が出来て安定していきました。
ママ友も出来ましたし、育児カウンセリングで子育ての悩みや自分の育ちと病気について相談が出来るようになりました。
そんな矢先、また彼が私の周りをうろつくようになったのです。

私に執着するストーカーと妄想について
こんにちは。統合失調症発症歴30年で障害年金で暮らしているemimamaです。
ある日、仲良しのママ友から「emimamaさん、ストーカーみたいのにあってない?」と聞かれました。
ママ友によれば「確かにかっこいいけど、ご主人の方がいいと思うわよ。・・ご主人と本当に似てる人だけど。気を付けてね。」ということでした。
私の知らないところで私の事や息子のことを聞きまわっていると言うのです。
後に会社の同僚と社内結婚をした私の後輩に聞いたところ、彼はアメリカの赴任を終えて帰国していると言うことでした。
そして、息子と同じくらいの月齢の男の子が生まれたと言っていました。
私はまたあの幻の夜のことがフラッシュバックしてきて、不安な気持ちになりました。
あの夜、本当に主人と彼が入れ替わったのか気になって仕方ありませんでした。
育児カウンセラーの人に相談するにしても、何を話せばよいかわかりません。
子育ての悩みや、フラッシュバックがやまない事と自分の生い立ちの追体験については相談できましたが、妄想の一つとして話すほかなかったのです。
育児カウンセリングについて
カウンセラーの方は心理士の資格を持っていました。
主治医は私の妄想や幻聴については話を聞いてくれなかったので、とても頼りになる存在でした。
私の相談を聞いてカウンセラーは私には「解離」の症状があるのではないかと知らされました。
私が記憶が飛ぶということと、相談中にふわふわした感覚があるということがその原因です。
早速、家に帰って図書館で解離について調べてみました。
すると、解離とはひどくなると解離性障害となり人格が複数人現れる多重人格であることがわかりました。
カウンセラーというのは医者ではないので診断は出来ません。
解離性障害とADDについて
私が解離性障害の話をすると、拒否反応を示してきました。
「そんなつもりで言ったのではない。私は診断はしません。」強い口調でカウンセラーの人に言われました。
主治医は解離性障害を医学的に認めない人でしたし、カウンセラーにも拒否されたので自分で自分の症状を調べていくしかありませんでした。
文献を読むと、自分を横から見ているような感覚があったり、記憶が飛ぶことそして時間をおいてその記憶がフラッシュバックとなって戻ってくることなど、自分に当てはまることばかりでした。
私自身も大学のころ臨床心理学は学んでいて、カウンセラーになりたいと思っていたこともあります。
なので、自分のためであるとともに勉強としても興味深く学べたものです。
息子のADDも診断されたわけではなく、心理学の文献を調べるうちにわかったことでした。
こうして私は臨床心理学の世界に引き込まれていきました。
大学時代の友人にカウンセラーになった人がいたので、彼女からもいろいろ教えてもらいました。
自分が精神病になったことで、様々な精神病があることを知るきっかけがつかめたのです。
私は自分の病気を通じて心理学を極めていくという新しい目標を持つことが出来ました。
そのことで、ストーカーのこともフラッシュバックのことも少しずつ気にならなくなってきました。
精神病で一番大切なのは、何か夢中になれることを見つけて考え事をする時間を減らしていくことだと身をもって知りました。
一人でいる時間や子育て中にも、絵本のほかに児童心理学の本も読み、今度は息子のサポートに回れるように体制を整えていきました。
育てられたかったように育てるというのが私のテーマとなり、生きる意味を見つけた瞬間でもありました。
次回予告について
さて、次回はママ友が次々と引っ越していき賃貸での暮らしに限界を感じてマンションを購入するお話です。
同時に子育てに協力的だった義母が認知症にかかり、介護と子育てを両立する必要に迫られます。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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